最小限の操作が、日常を変える
「日常」の見方を少し変えるだけで、そこに多くの発見が生まれることがあります。
ほんのささやかな仕掛けで人の視点を変えること。
それこそが、デザインの本質のひとつではないかと感じています。
「Less is more」
建築家ミース・ファン・デル・ローエの有名な言葉です。
直訳すれば「少ないことはより豊かである」。
つまり、最小限のデザインで、最大限の効果を生み出すという考え方です。

テープ一本で風景が変わる
写真は、ある地下鉄の壁に貼られていたテープ。
おそらく、今後の改修工事に向けて、下地の位置を簡易的に示すためのものだと思われます。
それ自体は一時的なものだとしても、
このテープ一本で、その場の風景が一変していたことに驚かされました。
ただのテープ、なのに。
それだけで、通りすぎていた壁が急に目に入るようになり、
壁のタイルの素材感、目地の幾何学、看板の配置など、普段は気にも留めない細部が立ち上がってくる。
その風景は、どこかアートのように見える瞬間でもありました。
アートとは、日常の一部を別の視点で切り取る営みでもあります。
そう思うと、テープは「最小限の介入によって日常を再発見させる仕掛け」なのかもしれません。
サイン計画という“引き算のデザイン”
以前、駅構内の空間設計コンペティションに参加したことがありました。
私たちは、駅空間におけるサイン計画に着目して提案を行いました。
サイン計画とは、床に矢印で乗換方向を示したり、
色の塗り分けで安全地帯を示したりする、駅ならではの床や壁の情報設計のことです。
当たり前のように目にしている要素を、もう一度見直す。
それらにデザインの可能性を見出し、
床材の色や質感の変化など、要点を絞った引き算の提案を行った結果、
そのアプローチが評価され、最優秀賞をいただくことができました。
足さずに変える、という発想
今回出会った、テープがつくる風景。
そこには、前述のサイン計画にも通じるような「最小限の操作による発見」がありました。
何かを大きく足すのではなく、
ちょっとした“変化の兆し”をそっと与えることで、空間全体の意味が変わる——
そんな設計が、もっと日常に寄り添っていける気がしています。
また同じようなコンペがあれば、
この「テープの風景」も、小さなアイデアのストックとして活かせるかもしれません。