建築を考える中で、選択に迷ったときに立ち返る指標があります。
それは、その選択が「生きるよろこび」につながっているかどうか。
言い換えれば、それが単なる「消費の論理」によるものではないかを、あらためて問い直すということです。
たとえば、素材を選ぶ場面。
自然素材に惹かれるのは、人が長く自然とともに暮らしてきた身体感覚や記憶のどこかに、
その素材に触れることへの深い安心やよろこびが刻まれているからかもしれません。
一方で、ビニールや樹脂などの工業製品は、汚れにくさや価格の手頃さといった利便性を背景に選ばれることが多いように思います。
もちろん、それが必要とされる場面も多く、適材適所があります。
けれど、その選択が「使い捨てられることを前提としたもの」や、「とりあえず安価なもので」という思考から生まれていないかどうか。
その違いに、空間の質の差が静かに表れてくるように思います。
同じ問いは、かたちや色、空間の構成に対しても向けることができます。
その意匠は、誰かの暮らしを支えるためのものか。
それとも、なんとなくの習慣や、効率の論理に沿って選ばれていないか。
極端な二項対立に見えるかもしれませんが、だからこそ本質が見えやすくなる。
そして、選びとられたものたちが積み重なった先にこそ、
その人にとっての「居場所」が立ち上がってくると感じています。
人によって、よろこびのかたちは少しずつ異なります。
その人らしい「よろこび」に触れられるようなかたちを、
建築を通して探していけたらと思います。